WILLで記事を書き始めてから、私にはずっと話を聞いてみたかった人物がいました。それはNPO法人soar代表の工藤瑞穂さんです。これまで私にはボランティアやまちづくり活動を通して、様々なNPOと関わる機会がありましたが、soarほど瞬く間に成長しつつ、一貫して可能性に活動の焦点を当て続ける組織を見たことがありませんでした。そして、その瑞穂さんの事業をこの3年間ずっと支援してきたのが、WILLの運営母体であるリープ共創基金の代表加藤でした。
月30万人に愛読されるsoarの幕開け
私が瑞穂さんに初めて会ったのは、リープ共創基金が財団を設立しようと開催したイベントの場でした。今は財団でライターや広報として働く私も、この時はまだ財団について何も知らず、イベントの一参加者という立場でした。イベントで自己紹介する瑞穂さんが、soar立ち上げへの意欲を語る姿が今も印象に残っています。
soarの運営するウェブメディア「soar」には、様々な病気や生きづらさを抱える人々へのインタビュー記事が公開されています。一般的ではない症状や、取り扱われにくい問題を題材とすることが多く、通常の手段では情報にたどり着くことが難しい多様な読み手が、各自にとって必要な情報を得られるようにと、多くの記事が10,000字を超える長文で記されています。
2016年のsoar立ち上げから約1年後、瑞穂さんは、WILLの第一号記事にJENの木山啓子さんと一緒に登場しています。この時は、団体の法人化からはたったの数か月が経ったところでそこには、スタッフのケアに関する木山さんの話を前のめりになって聞く瑞穂さんの姿がありました。
それから2年を経た現在、セーフティネットとしての新しいメディアのあり方を切り開いた瑞穂さんの姿は、課題解決に向けて成果を出し続ける社会起業家そのものに見えます。実際、ウェブメディアsoarは2年前と比較すると7倍となる、月に約30万もの人に閲覧されるウェブメディアへと成長を遂げています。
しかしsoarを始める前は、組織づくりにおいても資金集めにおいても、あらゆる面でNPOの常識が分からない状態だったと瑞穂さんは教えてくれました。そんな折に、瑞穂さんはリープの加藤に出会います。瑞穂さんが悩みを相談すると、加藤は「NPOとは何か」というところから教えてくれたそうです。
二人の関係は、NPO法人ミラツクでスタッフをしていた瑞穂さんが、ミラツクの開催する場に出席した加藤に事業立ち上げの相談をしたのが始まりでした。瑞穂さんは、そこで加藤に「法人をつくり、専任で事業として取り組むなら応援するよ」と逆に問われることになりました。ここから、二人の「安心できる関係性」の中での支援が始まりました。
特定非営利活動法人soar
ウェブメディア『soar』の運営を通じて、病気や障害、貧困など、様々な生きづらさや困難のあるひとたちへのサポートを行う。2017年法人化。
工藤瑞穂
NPO法人soar代表理事・ウェブメディア「soar」編集長。1984年青森県生まれ。宮城教育大学卒。仙台の日本赤十字社で勤務中、東日本大震災を経験。震災後、仙台で音楽・ダンス・アートと社会課題についての学びの場を融合したチャリティーイベントを主導。全ての人が自分の持つ可能性を発揮して生きていける未来づくりを目指している。
加藤徹生
一般財団法人リープ共創基金代表理事。幼少期の闘病経験から個人や社会の課題を変革の転機と捉えるようになり、ベンチャー投資の経験を経て、社会起業家の支援を行ってきた。東日本大震災の復興支援を経て、財団法人を設立。著書に「辺境から世界を変える」

NPO法人Soar代表 工藤瑞穂(本人提供)
譲れなかった寄付制度でのメディア運営
こうして、瑞穂さんは本格的にsoarのNPO法人化を目指していくことになりました。しかし、広告収入や記事の販売収入に寄らずに、寄付制度でメディアを運営していくことを決めて目指した法人化は簡単なものではなかったそうです。広告収入や記事の販売収入に寄らない寄付制度にこだわったのは、困難な状況にある人が誰でもsoarの情報にアクセスできるようにするために、譲れないポイントでした。
とはいえ、メディアを継続するには資金が必要です。無料のメディアを持続可能にするために、加藤はNPO法人かものはしプロジェクトの草薙さんを紹介したそうです。草薙さんは法人営業の経験を経て、NPO法人かものはしプロジェクトの専任職員として活躍するこの分野の先駆者の一人です。加藤はそのプロフェッショナリティの高さや資金集めの経験値を買い、soarの瑞穂さんを含む社会起業家に対して「どうやって寄付を集めるか」というテーマで講座を依頼しました。そこで得た知識によって、瑞穂さんは、soarのイベントの設計や活動紹介のプレゼンテーションまで、応援者を巻き込んでいくための流れを練り上げました。
その後も、事業の成長に従って訪れる課題に対して、加藤は解決策のアドバイスや参考となる実例を提供し続けました。事業の課題が少しずつ解決していくなかで、瑞穂さんには、「寄付システムでメディアを運営していく道」が、明確に見えるようになったそうです。

たくさんの共感者がsoarのサポーターになっている(本人提供)
この段階になると、「資金源が少ない中でも少しずつ成果を出していくにつれて、色々な人が協力してくれるようになった」と、瑞穂さんは振り返ります。こうしてsoarはウェブメディアの開始から約1年後の2017年に法人化を果たします。
「寄付制度も始めてみたら、思ったよりもずっとたくさんの人たちにサポーターになっていただけた。無料で記事を読めたとしてもこの活動を応援したいから寄付します、っていう人たちが本当にたくさんいらっしゃった。そういったみなさんのおかげで、寄付を財源としたメディアを運営していけるようになりました」と話す瑞穂さんは、インタビュー中に支援者に対する感謝の言葉を何度も重ねていて、たくさんの人たちに賛同されているという事実を誇らしく思っているように見えました。
自分自身に訪れた成長の課題-メンバーを守ることができるか?
寄付制度という方法を取ったことによって、結果として、soarは支援者に向き合い続けることになりました。これに呼応するように、soarに共感を寄せる人々は様々な参加の仕方でsoarを応援しはじめます。こうしてsoarに共感を寄せる者の中には、soarのスタッフになる者も出てきました。それが瑞穂さんに与えられた次の挑戦でした。
soarの活動を続ける中で瑞穂さんが気が付いていったのは、団体運営の難しさでした。社会的マイノリティの生き方を扱っているsoarに関心を持つ人の中には、自分が何かしらの障害や病気を経験していたり、原体験がある人が多く、思いが強い分頑張り過ぎてしまい、精神的に負荷がかかり過ぎて心身のバランスを崩す人が出てきたのです。
団体が成長していく中で、個性も特性も、身体やメンタルの強さも違う一人一人に合わせた働き方のマネジメントが必要であることにも瑞穂さんは気づきます。事業をうまく進めていきつつも、メンバーが心身ともに健やかに働いていくにはどうしたらいいのか…。困難な状況にある人々を記述し続けるsoarだからこそ、それを伝えようと強い思いを持つメンバーの健康は一番大切に考えなくてはいけないことでした。
メンバーそれぞれを取り巻く状況は簡単には変えることはできません。代表として、自分自身の成長が求められる瑞穂さんに対して、加藤はプロセスワークというメソッドを通じて、リーダーの成長や組織の発達を支援する横山十祉子さんと桑原香苗さんを紹介します。この二人に出会ったときのことを、瑞穂さんは「これはすごい!となって」と語気を強めながら回想します。
プロセスワークのやり方では、周囲にある違和感を見逃さずに、身体に出ている不調や組織の中で起こっている葛藤を、事態が良くなるためのサインと捉えて、見過ごさずに見つめ直すといいます。プロセスワークと出会ったことで、瑞穂さんは、自分自身の心身の調子を見る時も組織の中の関係性がうまく行っていない時も、不調をサインとして捉え、前向きに捉えていけるようになったそうです。
最後に加藤へのメッセージを聞くと、「これからも友人の様な、何でも相談できる関係でいて欲しい」と、少し照れくさそうに話す瑞穂さんの表情からは、加藤への信頼を見て取ることができました。「誰もが可能性を信じて歩んでいける社会」の実現を目指す瑞穂さんの挑戦を、私はこれからも応援していきたいと思います。
プロセスワーク
身体症状や生じてくる出来事・人間関係や戦争などの社会問題なども私たちの「全体性」の一部と考え、一見問題と見えるそれらのものの中に、解決の糸口を見出していく心理学アプローチ。(参考:日本プロセスワークセンター)