DYCLEはドイツの首都ベルリンから新たな循環型経済システムを生み出そうとしているベンチャー企業だ。システムの中心になるのは赤ちゃんのオムツだという。DYCLEが開発したオムツはそのまま堆肥にすることができ、その堆肥を使ってオーガニック農家が生産した果実は地域の人々の食卓に並ぶ。オムツを使う赤ちゃんもこの循環の中にいる。

赤ちゃんのオムツが栄養として循環する様子
赤ちゃんのオムツも排せつ物も自然に戻す
実は、赤ちゃんの排せつ物は土に還した時に栄養価が高い。もし、オムツをそのまま堆肥にすることができれば、非常に質が高く、市場価値のある堆肥を安定的に作り出すことができる。これがDYCLEのアイデアの核にある。
ほとんどの家庭が使用する使い捨ての紙オムツは、環境負荷が高い。子育て家庭のごみの10%の量を占めるだけではなく、オムツがいらなくなる二歳半に達するまでの期間で500kgのオムツごみが生まれるのだという。

赤ちゃんの排せつ物は都市の資源だ
他方、環境に負荷をかけずに自然に返すことのできるオムツは実はまだ存在していない。それは、通常オムツの吸収体やゴムにはプラスチックや化学物質が使われており、これらすべてを環境負荷のない素材に置き換えることができなかったからだ。近年では使い捨てオムツのリサイクルも進められているが、化学薬品を使った処理が必要で、生産段階も含めて環境に負荷がかかる。
松坂愛友美
DYCLE代表。アーティストとして人と自然の関わり方に着目してきたが、より大きなインパクトを起こすために2015年にDYCLEを設立。ZERI財団やFAMAE財団、CEMEX-TECよりアワードなどを受賞。
有限会社Diaper Cycle
通称DYCLE。ドイツのベルリンで2015年創設したソーシャルスタートアップ。社名の愛称はDiaper(=オムツ)とCycle(=循環)を合わせたDYCLE。堆肥化可能なオムツを通した循環型経済の普及に取り組む。https://dycle.org/en
プラスチック・フリーのオムツだから生まれる循環
DYCLEが開発したオムツに化学物質やプラスチックはいっさい使われていない。使用後に果実の生産に適した堆肥にするためだ。主な素材となる天然繊維は繊維加工工場で生産過程で出てくる副産物を拠点のベルリンで調達し、堆肥化作業も近隣で行うため環境負荷もほぼかからない。
そして、1人の赤ちゃんがDYCLEのオムツに排せつすることによって1年間で作れる堆肥は1000kgにも達し、これまでの使い捨てオムツを製造するために使われていた原油を削減するだけではなく、その償却処理の過程で発生していた二酸化炭素も大幅に削減することができる。だからこそ、循環型経済の新しい核になりえるのだ。

汚れたオムツは簡単に取り換えられる(ご本人提供)
テッラ・プレタ(堆肥)
DYCLEがオムツから作り出す堆肥は、テッラ・プレタと呼ばれる、アマゾンの原住民が1000年以上前に生み出した人工土壌に準ずるものだ。炭と木酢液を混ぜることで微生物が長期間活発になる環境ができるため、果実の栽培に適した豊かな堆肥になる。
アートプロジェクトからソーシャルビジネスへの転換
実は、DYCLEの始まりは創業者の松坂愛友美が展開したアートプロジェクトにあった。当時アーティストとして活躍していた松坂愛友美は、ALL MY CYCLEというプロジェクトを開催していた。
プロジェクトでは、自ら集めた液体排せつ物を土壌科学者と一緒に衛生的に堆肥にし、その土で野菜とサラダ菜を育て、最後に食する。自然の養分循環そのものをアートプロジェクトとして表現したのだ。

できた堆肥を見せる松坂さん
展開したアートプロジェクトが評価され、松坂愛友美はブルーエコノミーの国際会議に招待された。ブルーエコノミーの提唱者、グンター・パウリの目指す持続可能な社会の実現に向けたビジョンに共感し、これまで自分で生み出してきたアート作品をソーシャルビジネスに転換しようと決意することになった。
「アート作品を繋げたらDYCLEになった」と松坂愛友美は語る。アーティスト活動の中で出会った「使い捨てのオムツを使うことで大量のゴミを出すことに罪悪感がある」「助け合えるコミュニティが欲しい」という子育て世代の声に、松坂愛友美はパウリ氏やブルーエコノミーの持つリソースを活かして答えようとした結果、DYCLEが出来上がった。
ブルーエコノミー
グンター・パウリが提唱し、地域の副産物や不要物を原料とする生産システムを構築することで、安価で持続的な発展を実現しようとする経済モデル。自然生態系から着想されたモデルを通じてり、「成長の限界」を克服し、「ゼロ・エミッション」を実現しようとする。DYCLEはブルーエコノミーの公式ケーススタディの一つになっている。
DYCLEがつくる循環型経済のエコシステム
実は、DYCLEは循環型のビジネスモデルをつくろうとしているだけではない。むしろ、循環社会を突き動かすためのエコシステムそのものを育てようとしている。
既に、コンポスト会社、原料となる天然繊維麻の生産工場、幼稚園、郊外の農家、オーガニック食品会社、加工会社、CSRに協力的な企業など、現時点ですでに十数社とパートナー提携の話が進められている。
DYCLEの堆肥にできるオムツが使われ出すと、この堆肥を利用して果樹を育てたり、収穫した果実を販売したり、または企業のCSR活動をサポートしたりと、地域のビジネス同士が結びついていくのだ。
オムツが育てる1 km×100人のコミュニティ
エコシステムの形成に大きく舵を切ったきっかけには、DYCLEが開発したオムツの性能や人々のビジネスへのニーズを把握するために、テストランを行ったことがあった。
参加者は環境問題や子どもの健康に関心のある人たちが多くを占めていたため、当然これらの課題解決に繋がることがユーザーに求められていると考えられていた。ところが、それに反して、参加者アンケートでは、DYCLEのオムツを利用したい理由にローカル・コミュニティを求める声が多数挙げられた。
テストランの参加者は、オンラインでの情報交換だけではなくて、実際に手を貸し合えるママ友のようなネットワークを欲していたのだ。その理由を松坂愛友美は、ベルリンにはシングルマザーや外国人など、周りに子育てを相談できる人がいない人が多いためだと分析している。
ローカル・コミュニティの中心地となるのは、DYCLEのオムツを配布・回収する教会やコミュニティセンター、幼稚園など、人々が集うことのできる場所だ。一か所に集うことで、同じように子育て中のお母さんお父さんと、子供服の交換をしたり、離乳食の作り方の相談をしたり、人手が足りない時には手伝いあったりする関係が利用者の間に生まれる。DYCLEは環境問題の解決を担うだけではなく、循環型経済システムの担い手をも創ろうとしている。
もし、子供たちがりんごの木と共に育つことができれば

家族と植えたりんご木の成長を見守るのはどんなに楽しいことだろうか
DYCLEのビジョンの一つは、オムツを利用した赤ちゃんが自然との連続性を感じながら生きるように育つことだ。オムツを利用した赤ちゃんが5歳になる頃に、オムツごみから作った堆肥を使って植えたりんごの木は実をつけるようになる。
「最終的に収穫できるりんごはサプライズのおまけみたいなものでいいんです」と松坂愛友美は言う。そして、「自分が1歳や2歳の赤ちゃんの時に、既にりんごの木を植える手伝いをしていたと知ったら、地域での食料生産への関わり方やサニテーションへの概念も全く新しいものになりますよね」と続ける。DYCLEが変えることができるのは、人々の認識そのものなのだ。
赤ちゃんの排せつ物が堆肥に形を変え、様々な場面を経て数年をかけて人間に戻ってくる。DYCLEのシステムは、人と企業を結び、共有する空間を生み出し、そして過去と未来を繋ぐ。時間を超えて人々に訪れる変化は、コミュニティをベースにした循環型経済の醍醐味かも知れない。